- はじめに
前回のゼミでは、統合失調症の症状と治療法について紹介しました。世間一般には、統合失調症という名前を聞いたことがあるけど、実際にはあったことが無いという人もいると思います。前々回のゼミでも紹介しました通り、21万人の精神障害者が働いています。精神障害者のうち、統合失調症の人が占める割合は2割以上ですので4万人の人は仕事をしている計算になります。これだけの人数が働いていても、怖い人などの偏見は未だにある。また、雇い入れる企業にとっても、精神障害者雇用の経験や知識不足により途中で精神障害者が退職してしまうという事態となってしまいます(木下 2017)。しかし彼・彼女らは、統合失調症の症状で苦労しながらも就労することで得られる自己の存在価値を実感したいという意欲を持っています(手塚ら 2020)。
そこで今回のゼミでは、働く統合失調症の人は職場でどのような悩みを抱えているのか。また職場では統合失調症の人にどのように接すれば良いのか、必要な配慮は何かについて紹介していきたいと思います。
- 統合失調症のひとの職場での悩み
前回のゼミでは、統合失調症の症状を紹介しました。今回のゼミでは、実際の職場で当事者である統合失調症の人がどのような悩みを抱えているのかについて触れます。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(以下 障害者職業総合センター)の『精神障害者雇用管理ガイドブック』などをもとに、当事者の悩みを紹介します。
まず、当事者は病気のために仕事をするための基本的な機能で悩みを抱えています。当事者が抱える悩み事を、【体力・持久力】【メンタル】【コミュニケーション】【作業・段取り】に分けて紹介します。
【体力・持久力】
体力や持久力が乏しい、真面目さや緊張し易さから疲れやすい、注意力や集中力がない
【メンタル】
失敗により自信を失いやすい、新しい職場環境や仕事内容へ不安を感じ適応までに時間がかかる、上司や他人からの指摘や注意に過敏に気にする
【コミュニケーション】
融通や機転が利かない、断ることや頼むことが苦手、相手の立場で考えることが苦手
【作業・段取り】
細かい作業が苦手、同時に複数のことが出来ない、仕事の段取りが付けられない、明確な指示がないと仕事が滞る、経験を他の場面で活かすことができない、
またこれ以外にも、前述の通り統合失調症の当事者は継続して服薬をする必要があるが、非定型抗精神病薬であっても立ち眩み・眠気・便秘・口渇きなどの副作用があります。そのため、車の運転を伴う業務や危険な作業ができないなどの制限があります。また、休憩時間外での臨時の休憩が必要な場合もあります。
- 職場での配慮事例
では、統合失調症の当事者が職場で抱える悩み事とそれに対する配慮を、当事者である山坂登君の物語形式で紹介します。また、配慮については『合理的配慮指針事例集 第三版』(厚生労働省)の事例をもとに紹介しています。
事例1 そんな、いきなり言われたって!
山坂登は、ある中規模企業の事務職員です。彼は通常、規則正しいスケジュールでの業務には問題ありませんが、予期せぬ変更や臨機応変な対応を求められると困難を感じます。ある日、急な会議資料の準備を依頼されたとき、彼は不安と混乱に陥りました。通常の業務手順が崩れたことでパニックに陥り、集中力を失ってしまいました。
上司は、統合失調症の当事者へマニュアルを作成して何をいつまでに・どれだけ・どのように行うのかを明確することが大事です。当事者は、毎回決められた作業をこなしていくことで安定して仕事を行うことができます。そのため、上司は急な作業の変更をしない方が良いです。
しかしながら、実際の職場では予定変更をしなければならない時もあります。その時は、上司が事前に予定変更を行うことを当事者に説明しておくことが重要です。また、説明する時間がない場合は、当事者が何を行うのか・変更はいつまでかなどの情報を明確に伝えることで、当事者の不安を軽減することができます。
事例2 誰に相談すればいいのですか!
山坂登は、工場に就職して上司の伊谷奈主任から仕事の説明を受けます。伊谷奈主任が最後に「わからないことや困ったことがあったら、いつでも質問してな」と言って、その場がからいなくなってしまいました。説明が終わると、山坂は自分の作業台に向かいました。電動ドライバーで、大きな部品に小さな部品を取り付ける作業です。しばらくして、山坂の使っている電動ドライバーが故障して動かなくなってしまいました。困った山坂は、隣の作業台の人に相談しましたが、わからないと言われてしまいました。次に部品の回収に来た人に、電動ドライバーが動かないことを伝えても上司に言ってと言われました。山坂があたりを見渡しても、伊谷奈主任が居ません。山坂は困ってしまいました。
よく職場では「報連相(ホウ・レン・ソウ)が大事」と言いますが、当事者にとって誰に何を相談すれば良いのかがわからない状況は非常にストレスを感じます。そのため、業務指導や相談の担当者が誰であるか・いつどこにいるかを当事者へ明確に伝えておく必要があります。また、その担当者が不在の時の相談方法はどうするかも事前に決めておいた方が良いです。
周りの人も当事者から不意に相談を受けても、どのように対応していいかわからない場合があります。また、自分の仕事を一時的に止めなければならないため負担が大きいです。そのため担当者を決めておくことは、当事者への配慮ばかりではなく周りの人への負担軽減にもなります。
事例以外にも当事者への配慮事項としては、服薬による眠気がある場合は業務内容を考慮すること。長時間の連続勤務では体力や集中力が続かないため、当事者の様子を見ながら休憩を取ることなどがあります。
- 当事者の仕事に対する気持ちと周りの支援
一般的に統合失調症のことをよくわからないため怠け者や変な人という偏見の目で見てしまいます。しかし、先に触れた手塚氏らが就労継続支援B型事業所注1と契約している統合失調症の診断歴のある当事者10名に就労についてインタビュー調査を行いました。その結果、一般企業で働いていたころは、人と話をするとおかしいと思われるのではないか・健常者との間に心の壁を作っていたなど当事者は職場で統合失調症であることについて引け目を感じていました。そのため、仕事にたいして当事者は健常者のようにペースを合わせる事が困難と感じた、仕事を覚えられない、無理して仕事をしていたという健常者と比べて仕事がうまくできないという思いを抱えていました。しかし当事者は、精神障害者のことを理解してほしいという思いがある一方で、一般就労へ移りたいという目標を持っていました。
このように、統合失調症の当事者は精神障害ゆえに、仕事がうまくできない苦い思いをしつつも仕事へのやる気を抱いていました。相澤によると、病気と障害の併存を踏まえた仕事量や時間などの環境調整・自信喪失や自尊感情の低下を踏まえたキャリア再構築支援・認知機能低下を疑われる場合はコミュニケーションの工夫(相澤 2021)が必要であると言っています。コミュニケーションの工夫は、事例でも紹介したマニュアルを作成して作業内容を明確にするなどが当たります。
注1就労継続支援B型事業所:障害者総合支援法に基づいた障害者のための就労支援施設
- まとめ
本日も最後までゼミに参加してくださりありがとうございました。新聞やTVなどでの報道では、精神障害者は怖い人というイメージが広がっています。特に、妄想や幻覚によって健常者が思いもよらないことを言ったりする当事者の言動がそのイメージを助長していると思います。
しかし、当事者であっても仕事に対する意欲を持っていて、周りの人の理解とサポートがあれば仕事ができる当事者もいます。今回のゼミでは、当事者が仕事をするために必要な配慮について、一部ではありますが紹介しました。このゼミで少しでも統合失調症の当事者のことをわかってもらえれば幸いです。
次回は、精神障害者の中で罹患率が一番多い気分障害(うつ病・躁うつ病)の当事者について紹介いたします。
参考文献
相澤欽一(2021)「就労支援」『総合リハビリテーション』 49、9、pp865₋869
木下一雄(2017)「精神障害者の就労支援に関する一考」『精神障害者の就労支援に関する一考』1(35),51₋59.
手塚祐美子・伊藤治幸・清水健史(2020)「一般就労を経験した精神障害者の就労観に関する研究」『日本ヒューマンケア科学会誌』13(2),32-41.
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